すぐに人のせいにする心理を考察する!それは自分を傷つけたくなかったからだった

 

自分の怒りの感情について、冷静になって向き合ってみた。

すると、予想外のものが色々見えてきたのでまとめてみようと思う。

とにかく「怒りは私を守っている」ということが分かってきた。

 

どういうことか?じっくり説明してみよう。

 

カートをぶつけられる時に出た感情

その日の私は、ピリピリモードになっていた。

たまに起こるんだけれども…と言うか普段からといってもいいぐらいなんだけど。

外にいると、人の目が怖くなる時が多々ある。

絶対に周囲の人は何も気にしていないはずなのに、どうしても馬鹿にされているって思うんだろう。

 

そんな時になると、人の視線が怖くなる。

ちょっとしたことでも、神経質になってしまうので感情が抑えられなくなる。

 

例えば、ドン・キホーテで、カートをぶつけられてしまったんだ。

その時に…感情がたくさん溢れ出た。

 

まずイラっとしますよね。

「ぶつかっておいて、謝りもしねえのかよ!」みたいな。

ピリピリしているので、余計にそう思ってしまう。

普段なら何とも思わないかもしれないけれど、「馬鹿にされた」と思っているんだろう。

 

そして私は、謝ろうとしたんだ。

お前と違って「すみません」と謝れる、大人の余裕ぶっこぬいてやんよ!的な。

しかし…言えなかった。

そんな自分にも、また腹が立つと言うか、恥ずかしいと言う、情けないと言うか…。

 

色々な思いが溢れ出して…

しまいには「言えない私が悪いとでも言うのか!?」と、ぶつかってきた相手にキレだす。

そうなってくると、「あいつは何て酷い人間なんだ!」という欠点探しが始まる。

 

こうなってしまうと、とにかく時間を潰してしまう。

その人に対しての、悪いところ探しの時間が始まるのだから。

 

相手のせいにするのは悪いことなのか?

この時間は、私には必要なことだった。

「私は何も間違っていない!私は何もおかしくない!」ということの証明だったのだから。

だからこの時の「相手を非難する考え」は、私を守っていたと言うことなのだろう。

相手を避難しないと、自分への攻撃が始まってしまうからだ。

 

相手の欠点探しが始まった時に、ふと止まってみると…そのような結論に至った。

止まった原因は、毎日読んでいる、自尊感情の鍛え方のページで載っていたこと。

宿題を言われたけど、やってこずにやらない言い訳をした人の話。

「ならこの契約はなかったことにすればいい」と言われていて…私は怖いと思った。

 

そして怒りを感じた。

「ひどい!この人は何て事を言うんだ!その人にだって何か理由があるはずなのに!」って。

でも宿題を忘れた人は…「甘えていたんだ」と反省していたんです。

 

その人の姿を見て、私もふと「反省する」という選択肢が思いついた。

いつもの私なら、カートをぶつけられてブチギレている。

しかしこれは、相手のせいにして自分の問題と真剣に向き合えていないとも言える。

 

でも、私のこの行動は絶対に間違っていると言われたら、そうでもない。

怒りの感情は、ただ私を守りたいだけで起こっているんだから。

だからその怒りも否定せずに「ありがとう」という思いを伝えながらも、向き合うということを選択する。

それが大事なのかも?とふと思ったのだ。

 

怒りの正体

私は実践として、このカート事件でそれを実行してみた。

すると、色々な世界が見えたというわけだ。

 

ダメな自分を見るのは、とても辛いこと。

でも、見ることで見えることがたくさんある。

客観視して「相手に怒りを感じることで、自分を守っているんだ」ということに。

 

ちなみに、このブログでのアウトプットも役に立っている。

この前の「こんなの残しても意味がない」と思っていた記事でさえ…

アウトプットすると色々なものが見えてくるものだ。

 

客観視できるって言うのかな?

3つの怒りを感じた状況をまとめてみると、同じ条件がはまっていたからね。

 

「イライラするのは、自分を守っていただけ」ということに。

 

それが今回にも当てはまっていたということだ。

つまり、これが私の恐怖を感じる黄金パターンなのだと。

 

怒りは、私に訴えかけているというのもある。

「嫌な思いをしたので慰めてほしい!」と泣いているのだ。

でも慰めてくれないから怒るんです。「慰めろよ!」と。

 

私を守っているようでもあり、そして助けてほしいというサインでもあるのかもしれない。

ショックを受けてる。だから助けてあげないといけなかったんだ。

 

それなのに私は、そんな情けない自分を責める選択ばかりしていた気がする…。

 

自分と向き合いことで見えた世界

すると、私もほしい答えが分かった気がする。

わかってくると、安心感なのか、ふと気が楽になったって言うか。

 

私は今まで、「こんな自分を何とかしたい!」と思いながらも、なんとかしなかった。

だから…私は本当は変わりたくないんだろうと思っていた。

 

しかしそう思うのは、「その世界は想像できないから」という考えもあったんだけれども…。

一瞬でもこの時、ビクビクしない瞬間を感じた。

すると思ったんだ。「ビクビクしない世界ってこんな感じなのか」と。

「こんな世界なら、なってみたいかも」と。

 

これはとても貴重な経験だったと思う。

「1回できたからって、何だよ!」と思うかもしれないけれど…。

1回でもできた!ということが重要なのだ。

 

一度覚えただけでは、なかなか身につかないものである。

何度も繰り返すことで、やっと覚えられるんだから。

なので、1回しかできていないと悲観することはない。

 

私は、こんな状態の自分と真剣に向き合う人があるのだろう。

そうすれば、自然と怒りという状態も減ってくるのかもしれない。

 

つまり私は…

「”ほんとうの意味”で、私を大切にできていなかった」

という結論にひとまず落ち着いた。

 

終わりに

毎日のようにイライラしていたのは、

  • 助けてほしいという声
  • 自分を助けるといった自己防衛

のことだったんだろう。

ちょっとだけ結果が分かると、嬉しいものである。

 

あっているのか、合っていないのかわからないけれども…。

今まで、何もきっかけがつかめなかった頃より、はるかにましだ。

 

もう少し、自分を観察してみようと思う。

 

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