挑戦することが怖くて動けなくなったら

できることを信じられない?

「自分にもできるんだろうか?」

自信がないので、不安になって怖いよね。

 

けどそれって、自分に対して厳しい言葉。

「お前なんかどーせ無理だよ!諦めろよ!時間のムダムダ!」

って言葉を、誰かにかけられていることと一緒なんだんだ。

 

こう言われたら…

「そうだよね、自分なんかできるわけないよね…」

って、出来ない気持ちがますます強くなっちゃうよね…。

 

未来は誰もわからない

けど、まだやっても居ないのに、なぜわかるんだろう?

未来が見える、エスパーなのかな?

 

もしかしたら過去の経験から…

「またダメかもしれない」って思っちゃうかもしれない。

 

そうだね、今のままだと出来ないかもしれない。

けど、ちょっとずつできることを続ければ…できることもちょっとずつ増えてくる。

最初から一気に「完璧」を目指さなくてもいいんだ。

「完全にできない自分」だけじゃなくて、「できる可能性の自分」もちょっと与えてあげてほしいんだ。

 

「条件付きの愛」は怖い

大事なのは、

出来ないことを信じるよりも、無条件にできることを信じてあげること。

 

「『私はできる!』と信じられるようになったらやってみる」が根っこにあると…

何も始められないよね。

だって、最初から出来ている人なんてこの世に居ないんだから。誰だって最初は初心者だもん。

 

これだと、あべこべになっちゃんだ。

自分を信じられるようになるために、頑張るんだよね。

でも、信じられないから始められない。

これだと、ずっと自分を信じられなくなっちゃう。これは辛いよね。

 

だからまずは、根拠もないけど無条件に信じることを考えてみてほしんだ。

「できていること」の条件付きの愛じゃなく、ただ「信じているよ」って。

 

難しいのなら、

絶対に信じると思えず「もしかしたら」信じられるの…かなぁ?ぐらいの曖昧でいい。

むしろその方が自然に受け入れられると思う。

 

そこから、やっとスタートが踏み出せる。

 

いきなりゴールを目指さなくて大丈夫

挑戦は、1歩だけでいいんだよ。

もう片方の足は元の場所で大丈夫。いつでも戻れる体制でいいんだ。

「もう逃げ道を完全に断ち切る!」だと、怖くなっちゃって余計に動けなくなっちゃう。

 

だから、ちょっとだけ頑張ってみる。

1つでもできることが増えると、昨日の自分よりも1歩成長できているよね。

その1歩1歩が積み重なっていくと…できる自分が見えてくるんだよ。

 

フルマラソンを例えに出すと、走り始めたときは…

ゴールが遠すぎて途方も無い距離を前にして「走りきれるんだろうか…」って不安になるよね。

けど、休憩しながらでも、マイペースにゆっくりとでも走っていれば。

確実にゴールには近づけるよね。

 

ずっと走っていると、「意外と走れるもんだなぁ」って自分を見つけられるかもしれない。

頑張って走りすぎてバテちゃって、「もっとゆっくり走らないと辛いな…」って考えるかもしれない。

走っているうちに、いろんな自分が見えてくるでしょう。

 

そして、ゴールが近づくにつれて…

「もしかしたら、走りきれるかも!?」って希望を自然と思えてくる。

こうやって、「走りきれる自分」がようやく見えてくる。

 

走り始める頃から、完走できる自分はなかなかイメージできない。

だって、完走した経験なんてないんだから。

けど、「1分だけ走れる自分」はイメージできると思う。

 

ちょっとずつ進みながら出来てくるんだ、「できる自信」っていうのは。

 

「可能性の芽」を摘み取らないで

だからまずは、自分を最初から「無理だよ」と諦めることを止めてあげて欲しい。

できる「かも?」に変えてあげてほしい。

 

「どーせお前には無理!」って最初から自分の可能性を奪ってあげないで欲しい。

アナタをなめないで。

 

条件付きの愛じゃなく、条件無しでまずは「信じて」あげてほしいな。

 

繊細な人のための取扱説明書 -安心できる場所を作る-

暇つぶしに見てやんよ!な優しいあなたへ

オリキャラの世界を作りました。
(重い)愛♥がいっぱいあふれてます。

人生の暇つぶし程度に遊んでいってね!
描き手が喜びます!!

辛くなったら
中二病デ何カ悪イ!?
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